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書いてる自分も何が何だか…

人間は2種類に分けられます。「時間」をやって来る前に認識する人と、過ぎ去った後に認識する人です。例えば20分後にある行動を起こす予定があるとして、そのときに20分をカウントダウンしていき「あと○○分あるな」と思いつつ20分後の予定に合わせて待つ人は前者です。20分経ったとき彼(彼女)はそれまでに過ぎ去った時間を認識することはありません。何故なら、常にあとn分、あとn-1分、と未来の来たるべき一瞬一瞬を予測しつつ行動したからです。つまり時間とは次に何かしようと思った時点で過ぎ去ったものであり、故に彼らにとって来ることと過ぎ去ることは同義です。しかし後者の人間の場合、時間の経過という意味が多少異なってきて、20分後に何か予定があると認識したところで、そこから20分間はいまだ未知です。時間を座標上に表したときに、前者の人の場合は現在の1点から20分後の1点まで既に線が引かれています。しかしながら後者の場合20分経って初めてその2点が結ばれるという感覚です。本人の感覚としては。分かりにくいかもしれませんけれども。簡単に言ってしまえば20分前に「あと20分」と思う人と20分後に「20分経った」と思う人がいるということです。どっちも思うよと言われれば確かにそうだと言えますが、どちらをより重視するかという話です。

ぶっちゃけ時間を守れる人とそうでない人なんじゃないの?と思われる方もいるかもしれませんが、簡単にそういうことではありません。確かに後者の場合は、本人の主観時間と現実(何をもって現実というのかという話はややこしいのでひとまず置いといて)の客観時間にズレがあったときに遅刻するという事態が起こり得ます。少なくとも前者は周囲の人の時間と認識上ズレがないので、わざと遅れるとか間に合わない何かが起こったとかそういうことがない限り遅刻はありません。後者の場合そこに無意識に起こる現実時間とのズレが生じ、20分という時間は分かっているにもかかわらず20分後という時空のある1点を事前に具体的に認識していないことにより「あ、25分経ってた」ということが起こる可能性を排除できないのです。

何が言いたいかっていうと、とにかくぼくは前者の人間とは付き合いきれないってことです。ということを今日思いました。念のため言っておきますと、ぼくは別に時間なんて守れなくてもいいじゃないということを言いたいのではなくて、時間の認識のしかた自体の話をしているわけです。確かにぼくは他人が遅刻してこようと何だろうと気にしないタイプですけれども。ご静聴ありがとうございました。

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